2006年06月08日
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オルランド皇帝の愛人

Written By: 遠野秋彦連絡先

 祖国防衛戦争(オーバーキルウォー)の後、地球への帰還を拒否されたオルランド人工惑星は、女子供だけを地球に受け入れさせた結果、男の軍人だけが残った。しかも、人工惑星を木星の大気中に沈めて男達が眠り続けている間に、謎の生命体との邂逅が彼らに不老の身体に変えてしまった。

 しかし、いかに身体が老いずとも、男だけの世界は不毛でありすぎる。

 変人で名高いドクター・キガクが、物質に擬態するエネルギーフィールドという技術を使って、女性型のハイパー・アンドロイド(ハイプ)という存在を作り出したのは、それ抜きではオルランドという集団が理性を保つことができなかったからだろう。

 テスト運用ともいうべき初期生産タイプのハイプの生産と運用が終わった時点で、さっそくオルランド内で浮上したのは、オルランド皇帝の愛人として献上すべき芸術的ハイプを1体のみ製造するという計画である。

 ちなみに、この人工惑星に居を構えるオルランドという集団は、本来は地球を防衛するための純然たる軍事組織であり、「皇帝」などという時代錯誤な身分は存在しない。彼は、地球を防衛する軍の主要な一角をなす(地球上の)オルランドの世襲の代表者であり、小国であるにもかかわらず「皇帝」と呼ばれていたことから人工惑星でも「皇帝」と呼ばれていたに過ぎない。つまり、人工惑星のオルランドのリーダーとしての立場と、地球のオルランドでの呼称を意図的に混同して、周囲が彼を「皇帝」に祭り上げているというのが真相といえる。なぜ混同して祭り上げるのかといえば、それが良い退屈しのぎになるからである。不老の者達にとって、刺激は大切である。

 であるからこそ、皇帝専用ハイプには過剰な熱意が結集された。

 単純に女性を模したハイプという意味では、肌触り、プロポーション、耐久性、パッと見て目が離せなくなる印象深さと、長年見続けても飽きない落ち着き等々、量産型のハイプとは歴然と違うレベルの身体が出来上がった。

 そこに納めるべき心の方も念入りに組み上げられ、知性と優しさが同居する最高の女性の心と呼ぶべきものが与えられた。

 それに加えて、アヤには2つの特別な機能が追加された。

 1つは意図的かつ選択的な妊娠能力だ。アヤは、身体の中に受け取った精液が持つ遺伝情報を解析し、子宮内にその子供を作り出す機能を持っている。これは、もはや子を作れないと診断されていたオルランド人だが、もしや皇帝の子を得ることができるのではないか……、という淡い期待によって装備されたものであった。しかし、アヤが皇帝の子を懐妊することは一度もなかった。不老となったオルランド人は、どうやっても子を成せなくなっていたのだ。

 もう1つは、アヤが感じている快楽を、相手の男性の脳に直接伝達して感じさせる機能だ。過去のアヤの体験を相手に伝えることもできる。このような、他人の感覚が伝わる機能は一般論としては有益ではないとされていた。しかし、「皇帝」ほどの要職なら普通ではない刺激が必要なこともあるだろう……と考えられ、付けられた。

 「皇帝」に献上されたアヤは、「皇帝」を喜ばせた。

 だが、僅か数十年(不老の彼らには「僅か」と呼ぶに相応しい短期間)で、アヤは愛人として囲われるのではなく、社会に出て働きたい……と主張するようになった。特に、アヤは、他人種、他文化と接する境界領域での仕事を望んだ。もちろん理由はある。物質に擬態するエネルギーフィールドに過ぎないハイプは、生身のオルランド人よりもはるかに生き延びる確率が高いのだ。危険な場所には自分が行く方が良いとアヤは言った。

 皇帝は、アヤを寵愛するがゆえに、アヤの望むとおりにさせたいと言った。

 アヤは、通常のオルランド宇宙艦隊(OSN=オルランド・スペース・ネービー)ではなく、特殊任務に従事するSSN=スペシャル・スター・ネービーに配属された。アヤは専用の2Kクラス バトルクルーザー『カエサル』を与えられたが、彼女自身は単身、身体1つで任務地に入り込み、文字通り現地人と肌を触れあわせつつ各種任務をこなす存在となった。

 銀河三重衝突事件の後、自信を喪失したオルランド人達がこの宇宙から退去した時、残留して銀河三重衝突の記録と情報収集に残された数十隻のバトルクルーザーがあった。そのうちの1隻がアヤの乗る『カエサル』であった。

 そして、そのことがアヤと、銀河三重衝突を生き延びた性欲の奇形、ドランバッタとの出会いを生むことになる。アヤは、ドランバッタの作り上げた世界のエリート層、セックス貴族達が要求するあらゆる快楽に応え、自らがドランバッタの相手をする資格を持つことを証明し、そして「生身の女が相手をしても死ぬだけ」とまで言われたドランバッタを相手に快楽を得つつドランバッタを満足させるという偉業を達成する。これを契機に、この宇宙に帰還したオルランドとドランバッタは国交を結ぶことになるが、常にオルランドからドランバッタに派遣される外交使節はアヤが務めることになり、オルランド外交上も非常に大きな役割を果たすことになる。

 さて、ドランバッタ事件には多くの者達があえて指摘しない1つのミステリーが存在する。

 確かに、この事件において、アヤはオルランドとドランバッタの間に外交関係を樹立させるという偉業を成し遂げた。それは、SSNメンバーに望まれる最大級の優れた成果と言える。

 だが、アヤが初めてドランバッタ世界に入り込もうとしたとき、彼女はドランバッタという奇形の人物が存在することも、彼が作り上げた隠された世界が存在することも知らなかったのだ。

 しかも、アヤの行動は与えられた命令に違反している。彼女の使命は三重衝突後の銀河に割り当てられた受け持ち区域の監視、記録、調査であって、ドランバッタ世界はこの受け持ち区域には入らない。記録作業は『カエサル』のAI(艦載人工知能)が代行して継続したが、アヤを気づかうカエサルAIは巡回移動を止めてしまったため、収集されたデータの解像度は落ちている。

 更に言えば、アヤの行動にも不可解な点が多い。アヤは、現地人男性達に性的に襲われる可能性のある場所に、予防措置を執らずに繰り返し踏み込んでいき、陵辱行為や拘束を受けてしまっている。しかも、脱出可能あっても脱出しない、という場面すらいくつも見られるのだ。

 一見して、非力なアヤは現地人男性達の欲情に抵抗できず、強制的にずるずると快楽の深みに連れ込まれ、最終的にドランバッタとの対面に至ったかのように見えるが、実際にはそれを回避、あるいは中断させることができる機会はいくらでもあったのだ。

 だが、アヤはその機会を活用することはなかったのだ。

 これがミステリーだ。

 アヤの魅力に取り憑かれたオルランド内外の者達の一部は、必然的にこのミステリーに到達した。

 彼らの出した結論はおおむね2つに集約できる。

 第1の結論は、アヤはオルランド皇帝の密命で行動しているというものだ。そもそも、オルランド皇帝がいともあっさりと愛人を手放したという状況からしておかしい。皇帝も寂しさを感じる心を持っているはずであり、それを癒すものを手放し、その後別の愛人を持つこともない……という状況は「何か裏がある」という推理を呼び起こす。

 そこで出てくるのは、未だにアヤは皇帝の忠実なる愛人であるという仮説だ。しかし、膨大な数の男、たまには女、機械、怪物と交わり続けるアヤが、未だに皇帝の愛人だなどということがあり得るのだろうか?

 この疑問を解き明かすカギは、自分の快楽体験を相手に伝えることができるというアヤだけが持つ特殊機能である。つまり、自由に外を出歩けない皇帝が、様々な世界の快楽体験を得るために、代理としてアヤに様々な快楽行為をさせているというのだ。

 この説の長所は、アヤが陵辱される場面を回避可能であっても回避しない理由を合理的に説明していることでる。できるだけ多くの快楽のバリエーションを記録するには、記録のチャンスはできるだけ活用する必要がある。そして、この説はアヤの命令違反が、彼女に与えられた真の命令を遂行するために発生した二次的なものに過ぎないことも示している。

 さて、これとは違う第2の結論は、アヤ自身の性癖の特異性に着目することである。アヤは、特定個人ではなく、男性という存在そのものを偏愛しているというのだ。アヤはどのような男達に対しても優しく、誰からのどのような快楽行為の要求も拒まないと言われるが、その理由として導き出された結論と言える。

 そして、この理由はアヤに関する別の特徴も上手く説明してしまう。どれほど特定の男性が恋いこがれても、アヤは特定の男性と深い仲になり、貞操を守る存在になることはない。このような特徴は、まさに上記の理由によって上手く説明できてしまう。アヤが愛しているのは、「男」という存在そのものであって、特定個人ではないのだ。

 とすれば、なぜアヤが早々にオルランド皇帝の愛人を辞めたかが良く分かる。特定の男性とだけ関係を続け、しかも貞操を守るというのはアヤの趣味に全く合わないのだ。

 この結論は、なぜアヤが危険を回避しないのかという理由も上手く説明してしまう。それは回避しないのではなく、積極的に乗り込んでいるのだ。できるだけ多くの男性との快楽体験を持ちたいと思っているアヤは、必然的に、自ら挑発して男達を誘ったり、襲われる可能性が極めて高い危険地帯に自ら足を踏み入れるという行動を自ら望んで選択するのだ。

 しかし、いざ男性との快楽行為が始まると、アヤは受け身の立場となる。ありのままの男性を楽しむとすれば、自分の趣味を押し付けるのは不適切である。更に、複数の男性を同時に相手にする場合には、自分から積極的に男性に関わるのではなく、複数の男性を周囲に集めて受動的に受け入れるしかない。

 つまり、快楽行為においては受動的であるという特徴から見落とされがちではあるが、アヤは積極性を持って誘う存在だというのである。

 さて、第1の結論と、第2の結論のどちらが正しいのだろうか。

 当然のことながら、確実な結論は存在しない。元皇帝の愛人の性的側面についての情報は厳重に管理され、なかなか開示されることはないのだ。

 しかし、実際にアヤと寝たと称する者達の証言を集めると、案外どちらの結論も正しいのではないかという気もする。目新しいプレイの存在を知ると、まるで義務感でもあるかのように実行方法を知りたがるあたりは第1の結論を支持するし、それによって知った方法を喜々として実践する姿は第2の結論を支持しているようにも思える。

(遠野秋彦・作 ©2006 TOHNO, Akihiko)

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